真駒内セキスイハイムアイスアリーナ公演から一夜が明けた11月19日、前日に引き続き凍てつくような寒さが肌に突き刺さる。昨晩降った雪のせいで、道路はグチャグチャだったり、凍ってツルツルだったり。恐る恐る歩を進め、狸小路を1本脇にそれた小道の右側にある階段を登る。ヤニの匂いが鼻をくすぐり、楽器の低音が鼓膜を揺らす。2階にある扉を開くと、そこが札幌Klub Counter Action。ちょうどハイスタのリハ中だった。リハの段階からステージには前のめりでポジティブな空気が漂っていた。後で難波と話をしたが、かなり気合いの入っている様子。言葉の端々から「今日はヤッてやる」という火傷しそうなほどの熱がにじみ出ていた。その一方で、たまたま楽屋で遭遇した恒岡は穏やかな笑顔を絶やさず、落ち着いた雰囲気。“ベストなステージを見せる”という思いは同じだが、そこへ至るまでの過程は3者3様。こんなところも実にハイスタらしい。
カウンターアクションは札幌ハードコアの雄SLANGの根城であり、ボーカルKOがオーナーを務めるライブハウス。そして、SLANGはハイスタの20年来の盟友だ。前日のBRAHMANとはまた違った感慨を抱くオールドキッズも多いだろう。開場から15分もすると、キャパ150人の会場はもうパンパン。年齢層は高めだけど、ちびっこもいる。フロアではこれでもかと言わんばかりにMotörheadが流れていた。
「ダイブするなとは言いませんが、その辺は繊細に盛り上がってください!」というカウンターアクションのスタッフからの説明のあと、SLANGが登場。楽屋が3階にあるため、2階の客席入り口からプロレススタイルでの入場だ。SEのサイレンが鳴り響くなか、人一人がやっと通れるぐらいの即席導線を4人が突き進む。そして、ミドルチューン「Black Rain」からライブがスタートした。モニタースピーカーの上に立ったKOは、縦に長いフロアの奥まで射抜くような目つきで言葉を吐き出す。「Move Ahead」のイントロが鳴ると、古くからのSLANGファンと思しき男が前方へと突進していった。他にも「糞の吹き溜まり」「TOKYO SUICIDE HELL」「The Problem Still Remains」「QUESTION NOW」といった曲を重量級の演奏で叩きつけた。
ところで、SLANGというとその音と見た目からとんでもなく恐ろしいバンドだと思っている人も多いかもしれないが、そのイメージは100%正しいわけではない。この日は、「SNSに投稿しようよ、『SLANGなう』って」と突如撮影会を始め、「これ、ハイスタのときにやったら携帯取り上げられるからな!」とおどけ、笑い混じりの歓声を起こしていた。なんだかやたらとピースフル。
今回、ハイスタはSLANGが今もバリバリに活動しているからこそカウンターアクションまで来た。SLANGのメンバーもカウンターアクションのスタッフもそのことは当然わかっている。そんな3人の気持ちに応えるためにカウンターアクションがこの場所を用意し、SLANGがいかついライブをカマした。そんな形が美しいし、心が温まる。ハードコアで心が温まるなんておかしいか? こんなことだってあるんだ――。最後は、曲タイトルだけで既に名曲、「何もしないお前に何が分かる 何もしないお前の何が変わる」をプレイし、4人はステージを降りた。
Stiff Little Finger「Go For It」が鳴り出したのを合図に再びフロアが左右に割れ、大歓声のアーチを難波、横山、恒岡の順でくぐっていく。さあ、ハイスタの登場だ。1曲目はなんと「Start Today」。続いて、「Who’ll Be The Next」。選曲こそ違うものの、20年前に同じ場所で行われたANGRY FIST TOURの再現かと錯覚を起こしそうな展開だ。さっきまで人で溢れていたバーカウンター周辺から一気に人がいなくなり、皆、ステージ前方へと突入していった。その盛り上がりは、難波が曲終わりに「1歩後ろに下がろうか」と観客にうながすほど。
最初に懐かしい曲を続けてやられたせいだろうか、「The Gift」、「All Generations」に続いて披露された「Dear My Friend」で膝から崩れ落ちそうになってしまった。ここで告白すると、ハイスタが再始動し、アルバム『The Gift』がリリースされ、現在進行形で本格的に活動を始めた3人を見ながら、心のどこかで「ノスタルジーなんてない」と自分に言い聞かせていた部分があったのかもしれない。そうじゃないと今の彼らに対して失礼なんじゃないかと。しかし、こんな小バコで、こんなものを見せられてしまうと、どうしても当時のことが思い浮かんでしまう。そんな魔法がかかったような光景が目の前に広がっていた。
しかし、そんな想いをぶち壊すのもまたハイスタだった。「Pink Panther」に入る前の恒岡のドラムソロが圧巻だったのだ。派手なプレイではなく、彼らしい小技を活かした巧みな演奏。こんなドラムソロは見たことがないし、彼にしかできない。
今回のツアー中、何度も思ってきた。しかし、単なる思い込み、自分がそう思いたいだけなんじゃないかとその度に打ち消してきた。だけど、前日の真駒内、そしてこの日のライブ観た今ならはっきりと言える。今のハイスタが最強だ。数々の偉業を打ち立ててきた90年代よりも、今のハイスタがハンパない。こんなことってあるだろうか。50代を目前に控えたメンバーがズラリと並んだバンドが今、再び日本のパンクシーンの頂点に立っているのだ。どんなバンドも全盛期が一番だとか、勢いのある若いバンドには勝てないとか、なんとなく心にあったロックの固定概念がガラガラと音を立てて崩れていく。前回のMAKING THE ROAD TOURから18年の時を経て、Hi-STANDARDは過去最高を塗り替えてしまったのだ。
ステージ上の3人も実に楽しそうだ。MCではこんなやりとりがあった。
恒岡「Hi-STANDARDの3人で(カウンターアクションに)来れてうれしいです!」
横山「このコヤをずっと守っててくれたKOちゃん、ありがとう!」
難波「ある意味、今日がメインだから!」
横山「今日がメインです!」
難波「これからまた活動休止(の可能性)あります!」
横山「また10年後に会いましょう!」
なんてことを笑いながら言い合っている。もちろん、冗談だ。言い換えると、活動休止なんてもう絶対にないんだ。少なくとも、それぐらいの充実感を得ながら彼らはステージに立っている。
さらにグッときたのは、札幌の重鎮bloodthirsty butchersのカバー「Crows」を演奏したとき。MCでは、ブッチャーズはハイスタの初ライブで対バンしたバンドだということ、誰も自分たちのライブを見てくれないし、構ってもくれなかったけど、ヨウさんだけは「いいね」と言ってくれたことを話してくれた。ヨウさん、つまり2013年に亡くなったボーカルの吉村秀樹に捧げたこの1曲に、ハイスタ、観客、SLANG、ライブハウススタッフがひとつになった。極寒の札幌が、カウンターアクションが、燃えた。
本編最後の「Angry Fist」を終え、再び熱狂と興奮のアーチを「ありがとう! ありがとう!」とくぐり抜けていく3人。テンションが上がったKOがバーカウンターで自らビールを振る舞っている。逆にKOにビールをおごる客もいた。どちらの気持ちも涙が出そうなぐらいよくわかった。
そんな空気を3人はしっかりキャッチしていた。本当はアンコール無しで終わるつもりだったと言うが、「Cabbage Surfin’」から「This Is Love」まで5曲もぶちかましてステージを去った。
奇跡のようなライブだった。立役者はもちろんハイスタの3人。しかし、この夜は、SLANGという盟友とカウンターアクションというコヤがなければ決して生まれなかったことを、あの場に居合わせた全員がハートで理解していた。
Text by 阿刀 DA 大志