10月26日からスタートした「The Gift Tour」のファイナル。3日前にはハイスタの「生まれ故郷」である下北沢SHELTERでのライヴがあったばかりだが、その250人キャパからやってきたこのさいたまスーパーアリーナは、2万人超の動員。もちろんソールドアウトでパンパンだ。トータルで40万超のチケット応募を集めながら、極端なほどキャパシティが異なる場所も交互に回ってきた今ツアーだが、この形でツアーを回れるのは今も昔もほんの一握りのバンドだけである。ライヴハウスの近さから生まれる熱の交感と、アリーナクラスを巻き込んでいくだけの、聴く人それぞれの人生を委ねさせる圧倒的な音楽・歌の力。その両方を今こそ兼ね備えた「過去最高」のHi-STANDARDでなければ行えなかったツアーだろう。
とはいえ。たとえばAIR JAMはドームなどで行われてきたものの、こうしてHi-STANDARDのツアーをアリーナクラスで行うのは今回が初めてだったわけで、このツアーが始まる前までは(バンドとして最高のコンディションであるのは間違いないにせよ)どんなライヴの数々になっていくのかは誰も予想はできなかっただろう。後述するハイスタのライヴでも、そしてここまでのライヴでも難波は「柵でブロック分けされてるけど、どんどんグルーヴしていけよ」と言葉にしていたが、音楽における自由・衝動が何かの仕組みに制限されてしまうことを徹底的に嫌うからこそ、過去には「ハイスタを観たい人達がたくさんいるのもわかってはいる。だけど制限されるのは絶対に許せない」というジレンマを抱えた時期もあっただろう。なおかつ、90年代はアリーナクラスでのオールスタンディングライヴがそもそも許されていなかったのも大きい。その中でどうにか制限と制約のない遊び場を作り上げようと闘い続けた歴史が、史上初となる球場でのオールスタンディングライヴ(AIR JAM 2000)にも繋がっていったわけだ。しかし今、“All Generations”と真っ向から歌ったハイスタには、そこに制限があったとしても、そこに集う人々の世代感がまったく異なったとしても、音楽と歌で超越していくバンドとしての覚悟と輝きがある。枠も柵も超えていける、ハイスタという絆がここにあると誰よりも3人が自覚しているのだ。
平日ということもあってスーツ姿の観客もいたし、これまでと同様にスタンドには子連れも多く来場。着替える時間がなかったのだろう、物販で買ったTシャツを大事に抱えたまま私服でアリーナへと走るキッズ。おそろいのTシャツでピットに馳せ参じる親子の姿も散見した。もちろん柵もあるしブロック分けもされている。それでも、ハイスタが求め体現し続けてきた自由や濃密な絆は、この巨大なアリーナの中に確かにあった。恰好も世代も何もかもがバラバラな会場内だが、ハイスタに自分の人生を重ねて生きていることだけを共通項にして、そのバラバラさが開演前から既にひとつの熱気の塊になっている。
そんな中、もはや怒号に近い歓声に迎えられ登場したマキシマム ザ ホルモン。登壇するなり雪崩れ込んだオープニングナンバーは“握れっっっっっっっっ!!”。ライヴアンセムであると同時にホルモンの根底にある濃厚な中二感を凝縮して爆発させたようなキラーチューンで幕を開けると、早速フロアに猛烈な隆起が起こる。後方ブロックまでが飛ぶ、跳ねる、踊る……何よりいいのは、型やパフォーマンスを一気にはみ出し、感情のままに体全体で音を放つ4人の表情である。<ダメチンポWAR>の大合唱と壮快なメロディが生み出す青春感に、自身のルーツに対峙する喜びを一切隠すことなく表現する4人のエモーションが乗っかって、<ダメチンポWAR>という言葉ですら、愛嬌よりも感動的なものを宿して飛んでくる。「すげー! やったよお母さん!」と雄叫びを上げるナヲの姿も、上述したすべてを表すものだっただろう。モダンヘヴィネスもメロディックパンクもJ-POPも一気にクロスオーヴァーさせて登場し、ラウドミュージックの新しい型とマーケットを開拓したバンドとして、現行の日本のロックシーンの玉座に鎮座しているホルモン。そのバンドが「やったぜ」と叫び、憧れと尊敬を注ぐ相手に真っ向から激突していくライヴは実は貴重なものだ。ナヲは「ここにいるみんなも気持ちは完全にひとつだよね! やるしかねえ!」と叫んでいたが、こうなったら、ただ尊敬とリスペクトを示すライヴだけで終わるはずがない。最上級の尊敬の表明とはつまり、ハイスタであろうとも全力で食いに行くアクトを叩きつけることである。そんなライヴを確信させる怒涛のオープニングだった。ダイスケはんも「実は、このツアーのゲストバンドの中で一番に声がかかった。ナンちゃんから直接電話をもらった」と語っていたが、その光栄さを表すよりも、とにかくこの瞬間にすべてを叩きつけるだけの準備をしてきたといわんばかりの音が、息つく間もなく飛んでくる。“What's up, people?!”では真っ向からたまアリをヘドバン地獄に変貌させ、“F”ではオリジナルのアニメーション(サビに合わせフリーザのシルエットが飛翔していく)がヴィジョンに流れて音のスピードをさらに上昇させる。そしてさらに圧巻だったのは、“ロック番狂わせ”。自身を白帯と喩え、白帯のまま黒帯に打ち勝つのだと表明する、いわばロックがロックである理由そのもののような楽曲。それを、今やシーンの「黒帯」になったバンドが真っ向から歌い叫ぶ――その威力と気迫がズシリと音に乗り、スピーディな展開をさらに爆走感のあるものにしていく。言ってみればハイスタも、ライヴハウスとストリートで濃密な仲間を作り上げることで、DIYのまま商業的にもすべてを蹴散らしてしまったバンドである。だからこそこの曲が2バンドの美学も思想もすべてを繋いでこの日に大きく鳴り響いたのだろうし、そこから連打された“ロッキンポ殺し”、“パトカー燃やす~卒業~”、“セフィーロ・レディオ・カムバック~青春最下位~”(ヴィジョン全面に、オリジナルのグラフィックに乗せて全歌詞を表示)も、マキシマムザ亮君の青春時代を起点にして「ロックでしかひっくり返せないもの」に対する怨念と執念をぶちまけた楽曲達である。こうして短いステージでは披露されることの少ない楽曲がズラリと並んだセットリストと、何より感情的に走るサウンドに、ロックに夢を見過ぎてロックに狂っていくという彼らの本質がハッキリと映るライヴだった。20年前にハイスタのライヴで出待ちをしたナヲとダイスケはんが恒岡と撮った3ショット写真を画面に映したり、その当時の恒岡の私物をもらう約束をしたダイスケはんが結局何ももらえず今に至っているというエピソードを披露したり、当時のハイスタのTシャツを広げたナヲとダイスケはんのどちらがハイスタを愛しているか張り合う一幕があったり……ホルモンらしいコミカルな一面も盛り沢山。“セフィーロ・レディオ・カムバック”では“Stay Gold”と“New Life”のギターフレーズを織り交ぜるなどしてハイスタへの愛を示しつつ、真っ向勝負で原点と青春と狂気をすべて叩きつけていったホルモンのライヴだった。こうなれば、ハイスタに火がつかないわけがない。対バンである以上、音楽とスピリットを受け継ぐのではなく「やっつける」ライヴをハイスタは見せるはずだ。
そして、ツアーファイナルのステージに登場した3人。すぐに気づくのは、難波がPIZZA OF DEATHのロゴTシャツを着用していることだ。2011年のAIR JAMで活動を再開してからは一度もPIZZA OF DEATHのロゴを身に纏うことはなかった。ハイスタが実質的には動いていない時期もPIZZA OF DEATHを守り抜いてきた横山への敬意ゆえに、簡単に着られるものではなかったのかもしれない。それに加えて過去の確執も無関係ではないだろうし、何しろPIZZA OF DEATHの重みを誰よりも実感していたであろう難波がこの日、PIZZA OF DEATH――ハイスタイズムを脈々と受け継ぎ、DIYと濃密なユニティを守り続けてきた仲間達を背負った。つまりそれは、この先ハイスタを畳まずに進んで行くのだという決意だっただろうし、それだけの想いを見せようというこの日への覚悟でもあっただろう。にこやかに観客へ手を振って登壇した恒岡も、そして横山も、同じ気持ちでこのステージに上がったはずだ。
歓声鳴りやまないフロアに対して放たれた号砲は“The Gift”。言ってみればこのツアーと今のハイスタ、そして観客達にとっての新しいランドマークになっているこの楽曲でスタートを切ると、ドライヴ感満載なサウンドが早速刺さるような鋭さで飛んでくる。特に横山と恒岡が見せる、猛進する音の中で有機的に絡み合いながらギアをチェンジしていく様は見事としか言いようがない。この新しい曲も、ツアーの中でまさに「育った」のだろう。こうして「ハイスタのツアーファイナル」と書いているだけでも奇跡みたいだと感じるが、その奇跡への軌跡自体も“The Gift”という言葉に再び収束されていくようで、既に大きな大きな意味を持って鳴り響く曲になっている。そこから“Growing Up”“All Generations”と畳みかける流れも、単に新旧の代表曲を繋げていくという簡単なものではない。男が退路を断って旅立つ歌を起点に、全世代に対峙し「みんなのハイスタ」であることを真っ向から引き受け、その上で3人がハイスタであることを楽しんで演奏するまでタフに成長していくまでのストーリーがここにある。3人の男の人生の上で音楽が繋がっているからこそ、古いとか新しいとかだけでは語れない物語が曲と曲の間に生まれていくのだ。確かに18年ぶりのアルバムであり18年ぶりのアルバムツアーだったが、人生と音楽が限りなくイコールである男達だからこそ、一度途切れたものというよりは、それもまた同じ線上で鳴らせるのである。何しろ、3人が混然一体となりバンド自身がビート感そのものになっているような“Growing Up”の新たなサウンドには目を見張った。この2ヵ月弱のツアーでさらなる進化を遂げ、過去曲すらも生まれ変わらせたハイスタのフレッシュさには驚嘆を覚えるばかりである。
たとえば“I Know You Love Me”のように難波と横山の掛け合いが印象的な楽曲も、今のハイスタの関係性がくっきりと表出したアレンジになっている。スピードアップする瞬間の寸分の狂いもない音の重なりと、歌の掛け合いがグイグイと引っ張っていく展開。その上で、音で寄り添うなんて生易しいものではなく、3人それぞれがひたすら同じ方向に向かって爆走していくサウンドであるところがハイスタならではだ。過去とまったく違うのは、誰かが寄り添うことも引っ込むこともないかわり、3人の猛進する方向だけがピタリと合っている点だろう。
「地蔵かよ! そんなもんかよお前ら!」と挑発的な煽りを見せる横山の姿が印象的だったが、その前のめりな気持ちがそのままアンサンブルに乗って、BPM云々以上に音のスピード感がハンパではない。先日のSHELTERでフロアとゼロ距離のライヴを行い、そこから間髪入れずの今日ということもあるのだろう。2万人キャパ対応のライヴというよりは、本気で2万人をまるごとライヴハウスのように自由で無軌道な空間に変貌させようとしているライヴになっているのだ。それに呼応するように、1曲ごとに突き動かされるようにして会場全体が衝動を爆発させ加速していく様が目に見える。その象徴が“Dear My Friend”で、歌心に重きがある楽曲にもかかわらず、大合唱、クラウドサーフ、名前のつけようのないダンス、立ち尽くし泣きまくる人……誰ひとりとして同じ動きをしている人間がいないのである。上述したように世代も何もかもが大きく異なる人々が集った空間であると同時に、その歌に対する感情の乗せ方もあまりにバラバラで自由。こうしてアリーナクラスでのツアーを回るようになったとはいえ、「みんな」という漠然とした塊に対する音楽になったわけでもないし、個々が個々のままピュアな衝動を誘爆し合う場所として、ハイスタの音楽の本質は1mmもブレていないのだと実感できる場面だった。今となれば伝説のパンクフェスとして語られるAIR JAMも、そこに集った仲間達の面々を見ればあまりにミクスチャーで無秩序だった。好き勝手が好き勝手なまま、それぞれの波が青春・マイノリティパワーという絆に収束して爆発したからこそあの場所は伝説になったのだ。今ではマイノリティパワーと語ってもリアリティがない存在になったハイスタだが、しかしその絆の集い方はあの頃と何も変わっていないし、『The Gift』は、そうして変わらないものと確かに変わったものの両方を丁寧に受け止めていったからこそ自由で潔いアルバムとして輝いたのだと思う。
この日ももちろん『The Gift』の楽曲を軸に展開していくライヴだったが、それにしても代表曲達をことごとく連打していくセットリストだし、まるで今こそハイスタの最盛期なのだという誇りを掲げ続けるようなライヴだ。たとえば中盤、今ツアーのライヴで毎回披露している恒岡のドラムソロ中の一幕。そのドラムソロを突如中断し、「実は2012年にやりたかったことがあるんです」というひと言から、サッカー日本代表の応援でお馴染みの「♪オ~、ニ~ッポ~ン」という歌を観客に歌わせ、それに合わせて恒岡があらゆるビートを叩き出していく……という「ニッポンドラムソロ」が披露された。震災を受けて宮城でAIR JAMを行った2012年にやりたくてもできなかったことを改めてステージに持ってこられたのは、恒岡自身が今のハイスタを純粋に楽しめている証拠だろうし、難波と横山が「ツネちゃん、聞いてないよ!」と言いながらも大笑いし合える空気がハイスタ自身に宿っているからこそである。「聞いてないよ!」とは言いつつ最後は難波も横山も即興で音を合わせる辺りも、その場の空気を感じながら生き物のように変化していく「バンド」としてハイスタが今再びしなやかに進化していることの証明だ。これまでは口を開く機会もMCの機会もほぼなかった恒岡が言葉を発するセクションが設けられているのもこのツアーのライヴの特徴だが、その時の恒岡が本当にいい表情で、この3人であることを楽しんでいる。それだけでも、観客からすれば「ハイスタがハイスタ以上になって帰ってきた」という感涙を堪えられないだろう。
恒岡「みんなー、ありがとう。みんなで来ている人は、いつまでもゲラゲラと話せる日になるように。ひとりだけで来た人も、2017年の12月14日は凄かったんだぜって人に自慢できる日になるように。そんな日にしたいと、ハイスタは――恒岡章と、難波章浩と、横山健はそう思ってます!」
難波「ハイスタは生きてるぜ!」
横山「で、これからも続いてくぜ! こうなったら誰かが死ぬまでハイスタは畳まねえからな!」
そうハッキリと言葉にされた時に湧き上がった歓声と雄叫びは凄まじかった。何よりその意志は、度肝を抜かれるようなスピードでデッドヒートを繰り広げているサウンド自体に宿っている。“Starry Night”の大合唱と会場中を煌めかせたスマホライトの数々。横山がAメロまでを歌い、サビで「ナンちゃん!」とヴォーカルをパスするアレンジに生まれ変わった“The Sound Of Secret Minds”。難波が「キツい瞬間もたくさんあったけど、みんなが助けてくれたし、健くんが支えてくれた。ハイスタ、今やってて楽しいよ!」と添えて放たれた“Stop The Time”……そこにあるだけでも名曲として輝いている名曲達に、ことごとく今の3人の楽しさとハイスタである実感が乗っかっていく。アンセムがズラリと並んだセットリストだからこそ、ハイスタがハイスタを更新し続けていく様がクッキリと映るライヴで。この日の素晴らしさの多くは、その感動が一瞬も途切れないことにあっただろう。天井知らず、まさに無敵の3人組である。
横山が「先輩面してたら、やられるからさ。で、ホルモンのライヴ観て……今日も気合い入ってるよ。下の世代のバンド達を多く呼んだツアーだったけど、みんな一人前どころか強い敵だからね」と語ったけれど、ハイスタが現在進行形のバンドになった今、そして全世代に対するバンドであるという自覚を持った今、現行シーンの中核を担うバンド達と対等にタイマンを張り、本気でやっつけにきているのである。勝負は勝負。どれだけステージで金玉の話をしていようが、オチのない話に3人で屈託なく笑っていようが、その音の目だけは一切笑っていない。トドメと言わんばかりに“Stay Gold”、“Free”を叩き込み、大合唱と会場全体の大隆起を生み出した後半戦。本編ラストは“Brand New Sunset”だった。ヴィジョンの3人に同曲のMVの映像が重なっていく演出が今ツアーでは施されているが、そうして今と過去を繋げるだけでなく、未来への意志すら鳴らし切ったツアーだっただろう。だからこそ、ここからまだまだ行きたいのだと、会場の拍手が鳴りやまなかった。
ということでアンコールに登場した3人。横山は、お兄さんのお墓に供えた(横山のInstagramを参照して欲しい)Hi-STANDARDのキャップを被り、難波がPIZZA OF DEATHのTシャツを着ていることを嬉しそうに語っている。難波は難波で、「こうしてHi-STANDARDがライヴできてるのは、健くんがずっとPIZZA OF DEATHを守り続けてくれたからだと思ってる。やっぱハイスタはPIZZA OF DEATHだよね」と感謝を述べる――ハイスタがまた戻ってこられる場所としてPIZZA OF DEATHが在り続けたこともそうだが、それ以上に、そのインディペンデントな在り方が日本のロックシーンに与えてきた影響は計り知れないものがある。たとえば『ANOTHER STARTING LINE』や『AIR JAM 2000』のゲリラリリースをはじめとしたサプライズの数々を一切のリークがない状態で行えるのは、この巨大な規模のバンドとしては奇跡に近いことだ。それも、独立した体制とユニークなアイディアと人の気持ちで繋がろうとしてきたハイスタイズムと、それを大事に包んで進み続けてきたPIZZA OF DEATHの精神性の結晶だ。規模ではなく、上手なシステムでもなく、自分でしかできないことを追求し続けていく姿。そこに「今度は俺達だってやってやる」という夢を重ねては歩みを進めるバンド達がどれだけ生まれていったか。そんなことにまで想いを馳せてしまう場面だった。
アンコールでは“Happy Xmas (War Is Over)”や“Can’t Help Falling In Love”などを立て続けに披露し、“Mosh Under The Rainbow”で文字通りの大団円。スタンドの観客も、アリーナの観客も、グチャグチャの笑顔で好き勝手に踊っている。ハイスタが体現し続けた自由がすべてここに集束しているようなエンディングだった。もう言葉も要らないというような様子で3人同時に観客へと挨拶して、本当にツアーファイナルが終わ――――らなかった。
3人がステージ袖へ引っ込み、観客は順々に退場。残りの観客が3分の1くらいになった頃。突如として3人がステージに再登場し、いきなり奏でたのは“My Heart Feels So Free”だった。慌ててアリーナに舞い戻る観客達は、こうなればブロック分けなど関係ないとばかりに一気に最前へと駆け込んでいく。その勢いは、各ブロックに配されたセキュリティも止められないほどだった。ピースな暴動と表現したらいいのか、凶暴な多幸感と言えばいいのか、何しろ力技で、制限と垣根をそこにいるすべての人で突破して見せたのである。しかも、怒号のような大合唱で鳴り響いているのは<Oh yeah, my heart feels so free/I gotta tell the world my feeling>という歌だ。ああ、これぞハイスタが望み続けてきた光景だったんじゃないか。最後に“Turning Back”を叩きつけ、また遠くないうちにハイスタを目撃できるという確信だけを残して、トータル2時間30分以上・全30曲に現在進行形のハイスタを注ぎ込んだライヴが本当に終わった。生きていてよかったと感じた人も多いだろう。明日も頑張ろうと思った人もいるだろう。自由なんて絵空事だと思っていたものが目前にあることに凄まじい感動を覚えた人もいるだろう。その全部をまた、ハイスタの下に集結させる日がくるように。そんな願いの数々が2万人分、終演後もキラキラと輝いていた。
Text by 矢島大地
Photo (Hi-STANDARD) by Teppei Kishida / 半田安政(Showcase)/ Takashi "TAKA" Konuma / Yuji Honda
Photo (マキシマム ザ ホルモン) by 浜野 カズシ