「多い!」「多いねぇ~」マリンメッセ福岡行きのバスが会場に近づくと、あちこちから声が上がった。強烈な西日に照らされたメッセ周辺は黒山の人だかりである。グッズの待機列かと思ったらトイレ待ちだったり、今度こそグッズの列かと思ったらフォトスタンドの順番待ち、といった具合。係員が拡声器で叫んでいる。「今日は1万人弱のお客さまが列を作ることになりますので……!」1万人弱というその数字に改めて圧倒される。
18年振りとなる全国ツアー、Hi-STANDARDは各地で強烈なライブをかましているという情報がTwitterで流れてくるたびにヤキモキしていた。一度観たら満足、とならないのが今回のツアー。セットリストが毎回違うということも理由のひとつにはなるが、それ以上に、何が起こるかわからないその場限りのマジックを浴びたいという思いが強い。その土地、その場の雰囲気によって強烈な化学反応が起きているのだ。
そんなモンスターバンドにここ福岡で挑むのはSiM。地の底から湧き上がるような歓声を受け、ボーカルMAHは「SiMです! よろしくお願いします!」と簡単に挨拶。しかし、このたったひと言に様々な気持ちが込められているように感じた。それぐらい力強いものだった。
そして、1曲目の「Get Up, Get Up」から「Amy」、「Boring People, Fucking Grays」と分厚く重心の低い演奏で怒涛の攻めを見せる。ハイスタファンがかなりの人数を占めるなか、「GUNSHOTS」では多くの観客に手を振らせ、ぐいぐい自分たちのペースへと巻き込んでいく。MAHのコンダクターとしての手腕が光る。MAHの両サイドで派手なパフォーマンスを見せるSIN(B.)とSHOW-HATE(G.)、そしてバンドの屋台骨GODRi(Dr.)からもハイスタに噛みつかんばかりの気迫が漂っている。場内の空気が変わったのは、MAHがハイスタに対する熱い思いを語ったあと。続く「TxHxC」以降、ステージと客席の距離がグッと縮まったように感じた。
ライブハウスのイメージが強いSiMだが、横浜アリーナのような大会場でのワンマンも経験してるだけあって、アリーナでの盛り上げ方も上手い。「ANTHEM」では大音量のコールアンドレスポンス、「blah blah blah」で観客全員を一度しゃがませてからのジャンプ、そして、最後の「f.a.i.t.h」では怒涛のウォールオブデス。ありとあらゆる手段でアリーナ中を巻き込み、あくまでもSiMらしさを貫き、ステージを去った。
アリーナ公演では転換中に客席の様子がステージサイドのスクリーンに映し出されるのが恒例となっている。まるでメジャーリーグの球場のよう。普段はシャイな日本人も今日みたいなお祭りとなると別。みんないいリアクションで場内を笑わせ、煽られてもいないのにほっぺにキスをするカップルもいた。逆に、リアクションのない客にはカメラがぐいぐい寄っていったり。こんなハッピーな転換タイムはなかなかない。
そして、いよいよハイスタの登場。「帰ってきたぜ、福岡! 帰ってきたぜ、九州! さぁ、やっちゃおうか! いけんのか? Are you alright?」という難波の言葉を受けて鳴らされた1曲目は「Kids Are Alright」。
ライブ中ずっと感じていたことだが、3人はこのときからとにかく笑顔。特にころころ変わる恒岡の表情が終始印象的だった。自分はこれまでに渋谷、真駒内、札幌と今ツアーを追ってきたが、ステージを重ねるごとに3人の間に漂う空気が濃密になってきているのを感じる。こういうムードは客席にもしっかり伝わるもので、猛烈な盛り上がりを見せながらも、とにかくピースフルで、居心地のいい空気がメッセ内に流れていた。メンバーも話していたが、同じ福岡でもAIR JAM 2016とはまた異なるものだ。
その一方で、演奏はとにかく強烈。今ツアー初登場となった「In The Brightly Moonlight」や『MAKING THE ROAD』収録の「Glory」を筆頭に、懐かしい曲だからとか新曲だからとかそんなこと関係なしに、3人による鉄壁のアンサンブルに酔いしれた。最強のトライアングルと言われるハイスタだが、ここで見えるのは3人が横一線に並んでいるイメージ。それぞれが主役となり、ときに脇役となり、お互いにサポートし合う。ああ、もう90年代のハイスタはすごかったんだぞ、なんて言えない。そんなもん最早ジジイとババアのノスタルジーだ。
後半戦に差し掛かった頃、こんなMCがあった。
横山「ハイスタの3人でステージに立ててるのがすごく嬉しいわ。(3人それぞれの活動はあるけど)この場所があるのとないのとでは大違い。俺たちは世界一のロックンロールバンドだから止めるわけないよ」
難波「ハイスタはぶっ倒されるわけにはいかねぇんだよ」
世界一のロックンロールバンド――この言葉を素直に受け止めている自分がいた。それぐらいのことを3人はこのツアーでやっている。奇跡と言うのももう飽きた。これがハイスタの“今”なんだ。
もうひとつ、このMCで気付いたことがある。THE GIFT TOURでは全会場に対バンが付いている。難波も「若いバンドと一緒にやりたい」と話していたし、久しぶりの全国ツアーだし、若手バンドにサポートしてもらうんだなと何の疑問もなく思っていた。だけど、3人の真意はこうだったのではないか。「どんなバンドが来ようが負けるつもりは一切ない」と。そのことに気付いたとき、小さく身震いした。これまでの音楽体験だけで今のハイスタを判断してはいけない。そもそも、誰もやってこなかったことをやってきたのが彼らじゃないか。これからも俺たちの常識はどんどん覆されていくんだ。
そして、本公演を最も象徴していたのは、アンコールラストに披露された「MOSH UNDER THE RAINBOW」。各ブロックの柵が崩壊しそうなぐらいに広がった人の輪もすごかったが、そこから視線をスタンドに移した瞬間、そこから目が離せなくなった。そこにはありとあらゆる笑顔が揺れていた。リズムになんてお構いなしに、観客一人ひとりが自分なりの表現で幸せそうに踊っていた。今日という日に向けて抱いていた想いが、この瞬間に集約されているように見えた。ああ、人はポジティブな感情を一度に浴びると泣きそうになるんだ。初めての体験に驚きながら、涙を堪えるためにぐっと唇を噛み締めた。
『The Gift』と共にリリースされたライブDVD『AIR JAM 2000』の同曲でも、ステージを映さず客席がずっとフィーチャーされていたが、あれがリアルに再現されているような気分だった。もちろん、ライブハウスが一番かもしれない。だけど、この光景はこの大会場じゃないと決して見ることができないものなのだ。
エンディングを迎え、3人が客席に向けて丁寧に感謝の意を示してステージを去ったあとも、まだその場を動く気にはなれなかった。観客もライブの主役だとこれほどまでに感じたことはない。幸せそうな笑顔を浮かべた最後の一人が会場を去るのを見届けた。ようやくライブが終わった気がした。
Text by 阿刀”DA”大志
Photo (Hi-STANDARD) by Teppei Kishida
Photo (SiM) by Kouhei Suzuki